蒔田の吉良歴史研究会発足のきっかけ

世田谷から蒔田まで吉良の領地だったことを、蒔田に生まれ育ちながら知りませんでした。

事務局:島田紀子

 

私が初めて知ったのは、平成3年料理屋を始めたころ、檀家さんがご利用下さる関係から、今は亡き先代勝国寺住職と親しくなり吉良家の菩提寺であることを知りました。

その時のお話では「あっちが悪いことしたんでこっちは関係ないの。」と言われた時は、親戚になりたくないんだ???

あの有名な吉良さんと親戚!!どうしてこんな横浜のはずれが・・・?と疑問に思いました。

 

世田谷から蒔田まで領地でしたが、「北条氏が秀吉に滅ぼされた後、井伊家に蒔田(まいた)があるじゃないか。蒔田へ行け!但し吉良を名乗るな・・・」と、愛知県吉良町花岳寺(吉良家代々の菩提寺)のご住職、鈴木悦道さん(元NHK大河ドラマ時代考証人)から聞きました。

 

地名が蒔田ゆえ蒔田(まいた)氏を名乗って城の名は地名を取って「蒔田城」世田谷のお城は「世田谷城」お城はその土地の名を付けるそうです。(上野介の菩提寺「華蔵寺」の先代住職の奥様から聞きました。)蒔田城のあった場所は現在の英和学園(2016年4月より「青山学院横浜英和」に学校名が変わります。)

 

徳川の時代へと移りました。

忠臣蔵で有名な西尾の西条吉良はお家断絶。

その後引き継いだのが蒔田の吉良氏…同じ吉良氏でしたが蒔田は御咎めなし…再び吉良氏を名乗って江戸城にて高家として幕末まで君臨して参りました。「皆さんが結婚式の時行う三々九度は蒔田の吉良流です。蒔田の人は胸を張って下さい」と蒔田連合の方々を呼び集められに言い伝えて行かれました。(平成26年2月鈴木悦道住職はご逝去されました。とってもユーモアのある優しい住職でした。)

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「歴史を知って 今を生き 未来を考える」

蒔田の吉良歴史研究会会長 会長:齋藤 勁

(榎町二丁目西部町内会会長野田政権時代副官房副長官歴任) 

 

会長挨拶 地域の歴史を知り・今を見つめ・未来を語り合う

 

 

会長:齋藤 勁

副会長:水野 嘉和

事務局:島田 紀子

横浜市営地下鉄蒔田駅は鎌倉街道沿いにあります。

蒔田駅入り口より、上大岡方面(鎌倉方面)に向かい左側の小高い場所を見ますと、横浜英和学院の校舎が建っています。

その場所に戦国時代吉良家の居城があったのです。

私たちは「蒔田城」と呼んでいます。

何故ここに吉良の城があったのだろうか?

それは、いつの時代なのか?どのような人たちなのか?

その城の役割は?どのような暮らしをしていたのだろうか?

吉良と言うと、愛知県の吉良との関わりは?

あの有名な吉良上野介と繋がるのだろうか?

等々知りたいことが次々と出てきます。

 

そこで誕生したのが「蒔田の吉良歴史研究会」です。『地域の歴史を知り、今を見つめ・未来を語り合う』をキーワードに、私たちが住み・働き・学び・憩う町をもっと知ろう、知ることを共有し、共有することで新たな働きが始まる、大人も子供も世代を超えて等が、研究会設立の思いです。

講演会の開催、史跡散策、他の歴史研究会との連携、会員相互の交流など随時行っています。どなたでも入会できます。一緒に歴史散歩してみませんか?



蒔田の吉良歴史研究会 副会長:水野 嘉和
(前蒔田連合町内会会長)

蒔田の吉良歴史研究会 事務局:島田 紀子
(前蒔田連合町内会女性部長・旅館松島 女将)

 



蒔田の吉良歴史研究会の活動など

蒔田の吉良歴史研究会 研究員

平成25年10月21日(月)

「黄金堤」前にて

蒔田の吉良歴史研究会発足記念の日や、

研究会の活動などをご紹介しています。

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平成21年4月

吉良上野介菩提寺「華蔵寺」山門前にて!

蒔田連合女性部新旧交代18町内女性部長

平成21年10月19日(月)

「黄金堤」にて


★ 最 新 情 報

 

2015.7月

小学1年の同級生から、ママ友の妹さんが蒔田の殿様に嫁いでいることを聞きました。

事務局:島田紀子

お子さん3人と共に裕福に暮らしているそうです。保土ヶ谷在住とのことです。どなたか心当たりありませんか?


2012.9月

東京新聞2012年8月4日朝刊に「蒔田の殿様今いずこ」で掲載していただきました。
この記事を見た明智憲三郎氏(明智光秀の側室の子)がツイッターで呼びかけて下さり、茨城の守谷市の山田さん(憲三郎さんによると本妻の子)と言う方から現在蒔田(まきた)を名乗っていると情報を頂きました。

 


今後、さらに様々な角度からの調査や研究を通して、より多くの方から聞き取り、語らいたいと思います。ネットで蒔田町の吉良家と検索すれば、実に多くの方が質問し、誰かが回答し、あるいはご自分の研究結果を書き連ねています。

 「何故、吉良家が語られ続けるのか」「何が人々を引きつけ続けるのか」。口伝ての繋がり、文書の繋がり、ブログ・Facebookなどのネットの繋がり、土地の繋がり、時間の繋がり、そして血の繋がり…。様々な繋がりがクロスして、寄り添って、どんな世界が見えてくるのか、この世は興味津々です。 →蒔田の吉良歴史研究会